居心地がいいサラリーマン社会

サラリーマンという職業は、自然からもっとも遠いところに存在している、と私は信じていた。しかし、どうやらそれは誤った思い込みだったようだ。中村さんのサラリーマン人生だって、見ようによっては自然そのものではないか。与えられた仕事を黙々とこなし、与えられた場所と環境の中でせいいっぱいの知恵と工夫で喜びを発見し生きてきた。サラリーマンのなかにも、自然のままに生きる人もいれば、不自然に生きる人がいるだけではないのか。こうした中村さんの精神の持ちようは、定年を迎えた後も変わることはなかった。「新しい環境が与えられたのなら、そこで新しい生活を営めばいい」そう考えて、中村さん夫妻は田舎暮らしを選択した。転勤命令が出たときと同じ心積もりでよかったのだ。転勤の連続は、何一つ無駄ではなかったのである。
私自身は、サラリーマン生活を経験したことがない。しかし、サラリーマン生活を知らないわけではない。二十代の後半から三十代半ばまで、ある出版社の編集部で契約社員として働いていたことがある。勤務時間や規則こそ会社の規定に従う必要はなかったが、編集部の一員としての役割は社員同様に課せられ、私は正社員と同じように、毎日、通勤生活を続けていた。そんな日々を過ごしながら、私はどうやら自分がこうした仕事形態にふさわしい人間ではないらしいと気づいていった。

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