スケジュールが先まで詰まっていて、隣に住んでいる娘夫婦と何日も顔を合わせないこともたびたびなんです」もちろん奥さんだって忙しい。夏場は、朝の三時ともなると自然に目が覚め、四時には支度をして畑に出る。ご主人が起きるまでの三時間は、あっという間に過ぎていく。畑は家の裏手の急な斜面を利用してつくった段々畑。土は粘土質で硬く、畑の条件としては理想的とは言いがたい。しかし、お隣の農家からいただく牛糞がたっぷり入った野菜畑では、ダイコン、ハクサイ、ブロッコリー等の冬野菜がびっしりと育っていた。「三、四十代のころは、好きな縫い物や刺繍をよくやっていました。娘三人のウエディングドレスや新婚旅行用の洋服は、全部私が縫ってやったんです。ただ、肩凝りや頭痛がひどくなって、よく病院まわりをしていましたね。でも、ここへ越してきてからは、薬一つ飲まなくなりました。高低差のある畑を上ったり下りたりしながら働いているのがいいみたいです」千代子さんは、六十五歳で車の免許を取得した。三カ月もかかったという。「教習所の先生に『どうして取りにきたのか?』って聞かれたんですよ。たしかに主人が足になってくれるから必要ないといえばないんですが、いざという場合はねえ。それに、昔だったら怖いというのが先に立ったんでしょうが、今では前向きに考えられるようになったからこそ、挑戦できたのかもしれません」